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SDGs for All

SDGs for All is a joint media project of the global news organization International Press Syndicate (INPS) and the lay Buddhist network Soka Gakkai International (SGI). It aims to promote the Sustainable Development Goals (SDGs), which are at the heart of the 2030 Agenda for Sustainable Development, a comprehensive, far-reaching and people-centred set of universal and transformative goals and targets. It offers in-depth news and analyses of local, national, regional and global action for people, planet and prosperity. This project website is also a reference point for discussions, decisions and substantive actions related to 17 goals and 169 targets to move the world onto a sustainable and resilient path.

2020年代は恐怖・貪欲・憎悪の時代になるか(ロベルト・サビオINPS評議員、Other News代表)

Collage by IDN-INPS: With images from Wikimedia Commons – Scared Child (left), 1909 painting ‘The Worship of Mammon’ (centre), and Hate (right) from CMON.【ローマIDN=ロベルト・サビオ】

2020年、世の中の仕組みが急速に道徳的指針を失いつつある今日の世界において、私たちは、人類の歴史の中で新たな最低地点に入りつつある(あるいは既に入ってしまった)と認識しないわけにはいかない。

今日、例えば、気候変動の危機がもたらす前例のない生存上の危機に私たちは直面している。科学者によれば、国際社会は2030年までに気候変動を止める必要があり、それ以降は地球に不吉な予兆が現れるのだという。にもかかわらず、先日マドリードで開催された気候変動に関する世界的な会議(COP25)では、なんの合意も見られなかった。

2000年代初頭から、政治家と気候変動問題の関係が目覚ましく変わってしまった。気候変動問題は、もはや科学ではなく、政治的な問題となってしまい、米国のドナルド・トランプ大統領やブラジルのジャイル・ボルソナーロ大統領、ハンガリーのオルバーン・ヴィクトル首相、ロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領のように、気候変動の危機など起きていないと論じる重鎮レベルの政治家も出てきている。

2000年代終盤以来、私たちにとって重要な環境、すなわち民主主義にも変化が起こってきた。1989年のベルリンの壁崩壊時、共産主義の脅威は去ったと語られた。フランシス・フクヤマ氏の有名な言葉を借りれば、それは「歴史の終わり」であった。資本主義と市場経済が世界を統合し、あらゆる人々を引き上げると当時言われたものだ。

そして、2008年から2009年にかけて諸政府(すなわち民衆)が12兆ドルを失う巨大な金融危機がやってきた。これによって明らかになったことは、実際に引き上げられた人々はほんのわずかであったという現実だった。その後行われた緊縮財政は、とりわけ福祉や教育、保健政策を狙い撃ちにする一方、一部の人々が莫大な富を手に入れた。世界の債務は倍増し(現在で3250兆ドル)、にわかに、国家主義的で排外主義的な右翼諸政党が各地に出現した。2009年の金融危機以前は、こうした極右政党はフランスにしかなかった。公民精神と寛容の象徴と長らくみなされてきた北欧諸国ですら、極右政権が誕生するに至っている。

ベルリンの壁崩壊から金融危機までの30年間に、競争と個人主義、価値喪失の文化が蔓延った。すなわち、「貪欲の文化」である。そして、この危機から10年間で「恐怖の文化」が現出した。移民がその触媒になった。「我々は侵略されつつある」「イスラムは我々の社会に馴染まない」「我々の職が奪われている」「犯罪と麻薬が我々の社会に持ち込まれている」という声がこだまし、気候変動の事実を信じないのと同じ指導者らが、キリスト教の擁護者を自認して、人権を顧みない抑圧的な法律を、市民が喝采するなか次々と制定している。

この20年で、労組は全く弱体化し、労働を非正規化する法律が制定され、社会保障費が削減された。その結果、人々は子どもたちの不透明な将来に直面して、恐怖心にとらわれるようになった。

歴史家は、歴史に変革をもたらす2つの原動力は「貪欲」と「恐怖」であると断じている。私たちは2020年代を、この「貪欲」と「恐怖」と共に迎えた。さらに悪いことに、私たちは「憎悪」が蔓延る風潮の中にいる、と多くの識者が見ている。

実際には、人類が歴史の中で捨て去ってきた2つの「大義名分」が復活を遂げつつあるということなのだ。

一つ目は、「神の名において」という大義名分である。これはイスラム国(IS)やアルカイダが連想させるかもしれないが、実はトランプ大統領やボルソナーロ大統領、オルバーン首相、プーチン大統領の物の見方の基礎にあるものだ。右翼は、宗教を利用して貧困層を組織化してきた。神学者のフアン・ホセ・タマヨ氏は、聖書を手にしたこうした政治家たちを「キリスト教・ネオファシスト同盟」と呼んでいる。

コスタリカの先の大統領選挙では、福音主義のファブリシオ・アルバラード牧師が、欧州由来の中絶や自然崇拝主義的な考え方に反対し、キリスト教の価値と新自由主義の旗を掲げて善戦した。これはまさに、オルバーン首相がハンガリーで、カチンスキー首相がポーランドで、プーチン大統領がロシアで掲げていた選挙戦のテーマであった。

ブラジルではキリスト教福音派がボルソナーロ氏の当選に重要な役割を果たした。エルサルバドルでは、ナジブ・ブケレ新大統領が、極右の福音派牧師に就任式で祈りを捧げるように要請し、教室で聖書を読むことを義務化する法律案を策定しつつある。

ボリビアのエボ・モラレス政権が軍によって転覆させられて以降、ジュアニネ・アニェス大統領代行とその支持者らは、あらゆる式典に聖書を片手に現れている。そして、トランプ大統領もまた、4000万人の信者を抱えるキリスト教福音派の支持によって誕生したことを忘れてはならない。

タマヨ氏は「国際化」する憎悪(ヘイト)について語っている。ジェンダー平等やLGBT、中絶、移民に対するヘイトである。ヘイトを拡散する者たちは、家父長制的な家族のあり方や女性の従属を擁護し、伝統に反するものを忌み嫌い、科学や統計を信じず、気候変動を否定し、ムスリムやユダヤ人、黒人を嫌う。この中で完全に無視されているのは、社会的不平等の問題であり、民族や文化・ジェンダー・社会階級・性的アイデンティティなどを理由とした経済格差の拡大である。

タマヨ氏はこれが新たな国際的運動になりつつあるとみている。先日のスペインの選挙結果からもわかるように、その波は欧州に及んでいる。極右政党「ボックス」は創設わずか6年だが、今や議会に52議席を占める第3党となった。ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」も同じだ。

マッテオ・サルビーニ氏が率いるイタリアの「同盟(旧北部同盟)」もまた、ロザリオを手に第一党にのし上がり、サルビーニ氏は今にも首相になりそうな勢いだ。また、カトリック教会で教皇フランシスコに反対する保守的な勢力が、伝統の擁護を望み、LGBTに反対し、家父長制的な家族のあり方を支持している。これらの勢力はすべて、宗教や恐怖、憎悪を政治的目標のために利用しているのである。

では、「国家の名の下に」という「大義名分」はどうだろうか? 好例は、ユダヤ教徒であることをイスラエル国民たる要件にする法律を作ったベンヤミン・ネタニヤフ首相だろう。これは、インドのナレンドラ・モディ首相が1億7000万人のムスリムからインド市民権を奪おうとしているやり方と同じだ。ミャンマー政府も100万人以上のロヒンギャにこうした取り扱いをしている。これらの事例では、宗教が、「国家の名の下に」マイノリティや異宗教の弾圧に向かっているのである。

中国は今や、チャイニーズ・ドリーム(そしてまた少数派イスラム教徒ウイグル族の弾圧)のキャンペーンを開始した。これはアメリカン・ドリームを掲げているトランプ政権と同じ戦略である。米国には同盟などなく、対米貿易で稼いでいる国は、それがカナダであれドイツであれ、米国の敵である―この「アメリカ・ファースト」政策が現実に意味するものは「アメリカ・アローン」にほかならない。

つまり、「神の名の下に」と「国家の名の下に」という「大義名分」は、大部分重なりあっている。イタリアの政治・経済学者のリカルド・ペトレラ氏は、この数十年で多くの人々の関心を占めている第三の「大義名分」は「カネの名の下に」というものであり、この20年で汚職がもうひとつの普遍的な対価になりつつあると論じている。

汚職に対して取り組む国際非政府団体「トランスペアレンシー・インターナショナル」の最新の報告書は、汚職がいかに民主主義を弱体化させるかを分析している。汚職との闘いは、大衆向けのアピールとしてポピュリスト勢力が打ち出してくるが、実際に権力の座に就くと、民主的仕組みを弱め、前任者と同じように汚職に手を染めてしまう、と報告書は指摘している。

報告書では、グアテマラからトルコ、米国、ポーランド、ハンガリーに至るさまざまな国を取り上げている。汚職が民主的なシステムに入り込むと、指導者を汚染する。市場が人間に代わって社会の中心を占めるようになり、「貪欲は善」という考えが広まった40年前から経済汚職が増加してきた。汚職は、民間部門はもとより、公的部門全体を覆っている。

汚職が広まっているために民衆の3分の2が警察やその他の行政サービスに信頼を置いていない。汚職があまりに広まっていて、根絶は不可能だと見ているのだ。

この20年、汚職が毎日のように報じられて、こうしたニュースにあまりに慣れきってしまった。本来あってはならないことを「当たり前」と考える習慣が徐々に身についてしまった。これは道徳的指針を私たちが失いつつある兆候だと言えよう。

今日、戦争や貧困は自然に生ずるものかと子どもたちに問うたならば、恐らく子ども達はそうだと答えるだろう。そうした子ども達が大きくなると、汚職は自然に生ずることだと考えるようになるのだろう。

したがって、人間にとっての2つの根本的な環境が危機に立たされていることは明らかだ。短期的に見て、その一つ目は自然環境である。地球の生命が置かれている状況は急激に悪化し、あらゆる予測は出尽くしている。気候変動が(一部の人々が主張のように)自然的な要因であれ、(あらゆる科学者が主張するように)人為的なものであれ、この流れを反転させるチャンスはあと10年しかない。

しかし、問題は、社会・経済・文化を貫く私たちの政治的環境を守り、それを不可逆的な衰退に陥らせないようにするために、どれだけの猶予があるのか、ということだ。

他方で、2019年は大衆デモの年でもあった。ラテンアメリカやアフリカ、アジアや欧州の21カ国で、汚職や社会的不正義、政治機構と市民の間の格差、社会福祉の政治的優先順位が下げられることへの恐怖が、数百万の人々を街頭に駆り立てた。

政党や選挙に背を向けた若い人々が、しばしばこうした大衆デモの前面に立った。彼らは持続可能な世界を求めるキャンペーンの最前線にいる。若いグレタ・トゥーンベリ氏は、世界中の若者を引きつけた。しかし、チリやパリ、バグダッドや香港でそうであったように、運動が過激化しない限り、体制側はなかなか本気で耳を傾けようとはしていないと思われる。

以上の考察から、3つの結論が導き出せる。

第一に、偶然ではなく、私たちの自然環境を守る闘いの敵は、政治的環境の敵でもあるということだ。彼らは、自然環境が破壊されても意に介さない。なぜなら、彼らは、ガス・石油企業や、土地を収奪したい農民(ブラジルやアマゾンの場合)、石炭企業(ポーランドやオーストラリアの場合)と密接に結びついているからだ。彼らは、自らの権力を用いて、政治的環境を捻じ曲げようとしている。

ハンガリーのオルバーン首相は、「非自由民主主義」を推進してきた。ボルソナーロ大統領はさらに一歩踏み込み、軍事独裁の「古き良き時代」について語った。トランプ大統領に始まるこうした指導者ら全員が、国際協力や多国間協定、(国連や欧州連合のような)平和や正義のために国家の自由を制約しようとするあらゆる動きを敵だと見なしている。彼らは、第二次世界大戦の教訓を忘れ、壁を作ることを好む。

第二の結論は、環境が危機に立たされているのと同じ理由で、民主主義も危機に立たされているということだ。ポピュリストたちには、内部的な合意に達しようという能力も意志もない。今日、国際連合を創設したり、人権宣言を採択したりすることが可能だろうか?ちょうど彼らには気候変動と闘おうという意思すらないように、それは恐らく無理だろう。

従って、第三の結論は、まさに私たちが足を踏み入れたばかりの新たな10年で起こることに関わってくる。この10年間は、人類の未来にとって決定的なものになると思われる。わずか数年の間に、現在の環境を守り、いかに共存していくかという、文字通り人類の生存をかけた2つの問題に関して、対処していかねばならないのである。

これらを決めるのは有権者だが、ここで一つの問題が出てくる。ファシズムや排外主義、ナショナリズムがこうした問題への解決策になると考えることは、はたして正当なのだろうか? 人間は、他のすべての動物と同じく、失敗から学ぶべきである。私たちは、2度の世界大戦から、これらは問題への答えではなくて、戦争や対立の根源だと学んできたはずである。

そこで最後の考察である。カナダの認知心理学者スティーブン・ピンカー氏が『エコノミスト』誌に書いていたところでは、人間は以前より健康になり、寿命が延び、より安全で豊かに、より自由で知的に、より高い教育を受けるようになったという。こうした傾向は今後も続くことだろう。しかし、人間が進化してきたのは、主に自らの再生産や生存、物質的な成長に専心してきたためであり、知恵や幸福のためではない。

第一の緊急のステップは、進歩と人間性を調和させることだ。私たちには認知能力があり、他の動物と違い、協力したり共感したりする能力がある。啓蒙時代と第二次世界大戦との間には、人類は、科学や民主主義、人権、自由な情報、市場のルール、国際協力のための機関創設といった分野で、重要な進歩を遂げた。ピンカー氏が論じるように、これらは今や私たちの遺伝子に組み込まれており、この流れは止まらない。

私たちは、今後10年以内に、世界がどうなっていくのか、被害が不可逆なものか否か、そして気候変動を止めるうえでの進展が得られたかどうかを知ることになるだろう。…そして、これら全てが人間の遺伝子にまで組み込まれたのか、それとも単に歴史の一ページにしか過ぎなかったのかを、知ることになるだろう。(01.03.2019) INPS Japan/ IDN-InDepth News

※ロベルト・サビオは、イタリア系アルゼンチン人で、「アザー・ニュース」代表。経済学者、ジャーナリスト、コミュニケーションの専門家、政治評論家、社会的正義・気候正義の活動家で、反新自由主義的なグローバル・ガバナンスを主張している。「欧州平和開発センター」国際関係部門長。

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